Planetarium SS置き場

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


* 「スポンサー広告」目次へ戻る
*    *    *

Information

□ 頂き物 □

夏の訪れ

まえがき

水迷宮の長谷みどりさまからリンク記念にいただいちゃいました!
すんごい嬉しいです。
逮捕ファンにはたまらないサイトさまですよ~。
ありがとうございました
 



 冷房の効いた車内から出れば、其処は既に真夏だった。
「はー、まだ七月だってのに、もう夏本番って感じ」
 こりゃ、今日は下手すると三十度行くかもね。
 外気に触れただけで、じわりと浮き出る汗に不快な顔をしながら、夏実が既に折り返している夏服の袖を、更に肩口にまでぐいと押し上げる。
 雑把な所作は、作為がまるで無いだけに、始末に終えない。
 服務規程を無視しまくっているその格好に眉を顰めつつも、ついつい、視線を奪われてしまう自分がいるのを自覚して、美幸はどうにもコントロール出来ない自身に内心で溜息を吐いていた。
 ────どうか、してる
 最近の自分は、酷く情緒不安定な気がする。
 それが、特定の人物が絡んだ時だというのは、薄々気付きながらも、未だ解らぬ振りを無意識の内に美幸は続けていた。
「あ、美幸」
 悪いけど、一寸トランク開けて。
「ん、良いけど、何するの?」
「ああ、一寸、買い物行こうと思って」
「買い物って…この暑い中?」
 お昼なら、今日は食堂にするって言ってたじゃない。
 五十kg近いモトコンポを、よいしょ、と無造作に降ろしている夏実の背中を、驚いて振り返る。
 時刻は十二時、丁度お昼休みに入る所で、つまりは一日で最も暑い時間帯だ。
 そんな時間に態々行かなくても、と暗に言った美幸の意図は、けれど見事に伝わらなかった。
「うん、この暑さだからさ」
 今の内に用意しておこうと思って。
 言いながらひょいとサドルを起こし、慣れた調子でハンドルを設置すると、一緒に入れてあったメットを被る。
「それじゃ、ね。美幸は早い所交通課に戻った方が良いよ」
 この暑さじゃ、この侭ガレージに居たら、あっという間に熱中症だもん。
 あ、報告書は後で書くから、デスクの上に置いておいて。
 話す間に、軽くキックされたモトコンポのエンジンは軽快な音を立て始め、じゃ、後でねとウインク一つ残して正面に向き直った夏実は、ぐいとアクセルグリップを戻した。
「……一緒にお昼、食べようと思ってたのに」
 切なさを含んだ呟きは、あっという間に小さくなって行く背中に届く事無く、ガレージの床に落ちて、消えた。
 如何にも昼食は面倒になってしまって、報告書だけ言われた通りに夏実のデスクに置くと、着替えて再びガレージに戻る。
 この暑さで食欲も減退しており、それでも夏実となら食べる気にもなるだろうと思っていたのだが、口にする前に振られてしまった事で、元々大して執着の無い食事は、あっさりと放棄される事となった。
 ガレージのシャッターを全開にし、備え付けの扇風機のスイッチを入れる。
 が、元々建物の位置関係で、然程風が入り込む事はない上、そもそも今日は風が少ない。
 太陽は真上にあるから、奥まで陽が差し込む事はないものの、朝から強烈な日差しに焼かれたコンクリは熱を孕み、空気の動かぬガレージの中は、陽こそ当たってはいないが、外以上の気温となっていた。
 当然、小さな扇風機程度では、気休め程度にもなる事はなく、一通りTODAYのチェックを終えた頃には、美幸は全身汗だくとなっていた。
 ────ホント、今日は暑いわね
 制服に着替える前に、シャワーでも浴びたいけど…流石に其処迄の時間はないかなあ。
 米神を流れる汗を、捲くった袖で拭いながら、ほう、と大きく息を吐き出す。
 一息吐いて背筋を伸ばし、ふと、未だ帰って来ない夏実を想う。
 ────何処まで行ったのかしら、あの娘
 早く帰って来ないと、お昼の時間、無くなっちゃうのに。
 それとも、外で食べてくるとか?
 買い物程度なら兎も角食事ともなると、制服で入れる店など然程多くない。
そ の為基本的には中で摂るのが通例だが、夏実ならばと快く、目立たぬ席に入れてくれる店がある事も、美幸は知っていた。
 ────私の方が、先に此処に着たのにな
 いや、それよりも早く着任していた者ですら出来なかった事を、あっさりやってのけている彼女には、本当に驚かされる。
 当の本人は、それが如何に凄い事なのか、全く理解っていないのだけれど。
 思考を切り替え、滴る汗を拭いながら、手元のクリップボードに視線を落とし、さて、と考える。
 ────うーん、実際に作業に掛っちゃうと、昼休み、オーバーしちゃうかしら。
 着替えて、準備をして、作業、後片付け、そしてまた着替え。
 今日は昼食を摂っていないからまだましだが、美幸にとって昼休みというのは、本当に目まぐるしい時間だ。 
 この手の作業は力仕事も多く、夏実程ではなくとも、もう少し腕力があると準備や後片付けが早くなるのに、と時折思う。
 再び頬を汗が流れ、その汗が先程と違っているような気がして、ふと自身に違和感を持った。
 特にはっきりしたものではない。
 だが、経験からして、ほんの少し先の未来に来るだろう、体調不良を予感する。
 何時も何時も、唐突にやって来るそれは、自身ではコントロールできない厄介のものだ。
 ────うん、早めに片して、課に戻ろう
 どうせ昼休み中に、完了するのは無理なんだし。
 但し、業後、作業にスムーズに掛かれるよう、パーツのチェックだけはしてから戻ろうと、ボードを片手に立ち上がる。
 それが、間違いだった。
 瞬間。
 ぐらり、と視界が回った。
 咄嗟にTODAYに手を付いたものの、まともに立っていられず、寄り掛かる腕に力を込めようとするが、巧く制御できない。
 視界が暗くなり、すうっと全身から血の気が引くのが解った。
 ────やば…っ
 貧血、という単語が頭を過ぎったのの、どうしようもないのが現実だ。
 その間にも急激に息が上がり、全身から冷や汗が流れ、周囲の音が遠くなっていく。
 せめて、その場に座った方が、と緩慢な思考が告げるが、既に身体は意志の力で如何にか出来なくなってしまっていた。
 意識は半ば途切れ、抱えていたクリップボードが床で甲高い音を立てるが、持ち主には届かない。
 そして、其の侭、床に倒れ込む寸前。
 力強い腕が、その背を受け止めた。
「……っ…」
 何か話し掛けられている気がしたが、途切れ途切れで巧く音を拾う事が出来ない。
 けれど、背中に感じる気配に、何故か酷く安堵して。
 美幸はゆるりと全身の力を抜いたのだった。


 ゆっくりと視界が光を取り戻し、音を音として捉え出す。
 ぼんやりと瞬きをした美幸が最初に捉えたのは、相棒の真剣な眼差しだった。
「美幸、私が解る?」
「…夏実?」
 何を言っているのだろうと、回っていない思考で思いながら、疑問を込めて相手を呼ぶ。
 途端、ほんの少し、瞳の中の厳しさが緩んだと思うと、ふわりと身体が宙に浮いた。
「移動するよ」
 一寸だけ、我慢して。
 肩口に貌を埋めると、優しい声に耳元で囁かれる。
 昔から、他人との接触が苦手な美幸だったが、制服越しに伝わって来る体温が、酷く心地良かった。
 彼女の腕に身を委ね、歩くリズムを全身で感じ取る。
 然程経たない内に、降ろすよ、と声を掛けられ、少しばかり残念に思いながらも眼を閉じた侭、小さく頷いた。
 そろりと地面に降ろされ、支えてくれていた腕に代わり、固い湿った感触と重力とをその背に感じ取る。
 ぼんやりと瞼を開ければ、其処は、木々の枝が折り重なって作り上げた、木陰のようだった。
 風が抜ける場所であるのか、然程離れていないにも拘らず、ガレージよりも随分と過ごしやすい。
 逆光になる為、影になってはいたが、覗き込んで来る人の瞳が、酷く心配げな色彩(いろ)を浮かべているのは感じられて。
「気分は?」
「…悪く、ないわ」
「まだ眩暈する?」
「…ううん……」
「そっか」
 ほっとしたように息を吐くと、上だけ脱がすよ、と断りを入れられ、ツナギのジッパーを腰まで下ろして通していた袖を抜かれる。
 下に着込んでいたタンクトップは、汗ですっかり濡れそぼり、外気に触れた肌は、一瞬だけ 爽やかさを感じた後、直ぐに馴染んでしまっていた。
 ゆるりと眼を閉じ、耳に入って来る音を拾う。
 蝉の鳴き声、車のエンジン音、そして傍らに座り込んだ相棒の気配。
「美幸」
 呼ばれて瞼を開ければ、起こすよ、と囁かれ、こくりと頷く。
 背中を支える腕は其の侭に、飲んで、と口許に寄せられたのは、スポーツドリンクに挿されたストローで、素直に口に含めば冷たい感覚が喉を潤した。
「自分で持てる?」
「ん…大丈夫そう」
 半分程飲んだ所でペットボトルを引渡され、震えの残る指で受け取る。
 腕力はあっても、くたりとなった、自身と変わらぬ体格の人間を支えるのは難しいらしく、夏実は自分の肩に身を預けさせると、空いた手で傍らの袋を探った。
 出て来たのは冷却シートやら、アイスパック、タオル、ミネラルウォーターの類で、その中から冷却シートの箱を迷いなく選んだ彼女は、取り出した中身を一枚、美幸の額に貼り付ける。
「後、頚の後ろと、脇の下と…ちょっとひやっとするけど、驚かないでね」
 有無を言わせず手早くシートを貼り付けると、今度はミネラルウォーターの水でタオルを濡らす。
 固く絞った濡れタオルで、自身に寄り掛かった侭の美幸の首筋の汗を軽く拭い、剥き出しになった腕を冷やしていた夏実は、やがて空になったボトルを受け取ると、漸く全身から緊張を解いていた。
「全く…あんまり吃驚させないでよね」
 心臓が止まるかと思ったじゃない。
 未だ肩に寄り掛かっている所為で、彼女が声を発する度に、背中に振動が伝わって来る。
 耳元で囁くアルトは艶やかで、美幸はこんな時だというのに、とくりと胸が跳ねるのを感じていた。
「どうして…解ったの?」
「ん?これのこと?」
 近くに放られた袋を示され、こくりと頷けば、別に美幸の為に用意したんじゃないよ、と笑われた。
「卒配になって、初めて組んだ人がね」
 夏になると、熱中症対策グッズを、一式ミニパトに乗せてた訳。
 観光客が多い地区だった事もあるんだけど、その人、昔、子供が熱中症で結構危ないトコまで行ったらしくて、以来、何があっても良いようにって、毎日、冷たいポカリを用意してた。
 熱中症で死ぬ事だってあるんだから、絶対に甘く見るなって。
 ま、大抵は、パトロール終わった後、私とその人で消費してたんだけど、役に立った事も何度かあってさ。
 異動した後も、気温が三十度近くなったら、一式乗せる事にしてるのよ。
 まさか、買って来て直ぐに、役に立つ事になるとは思ってもみなかったけどね、と苦笑した 彼女に、熱中症になるから早く交通課に戻れ、と言われた事を思い出した。
 そして、同時に胸に蟠るのは、コンビを解消して数年になるにも拘らず、此れだけの影響を夏実に残している、見知らぬ先輩への酷く不快な感情だ。
 それが嫉妬という名称を持つと美幸が認識するには、まだ暫しの時間が必要だったけれど。
「もう少しして、動けるようになったら、関節とかおかしくしてないかチェックして」
 倒れる途中で受け止めはしたけど、意識が無い時って加減が解らないから、変な所を変な風に捻ってたりするから。
「ん」
 素直に頷けば、よし、と笑った夏実が、少しマッサージした方が良いかな、と再び地面に寝かされた。
 離れてしまった温もりを残念に思っていると、不意に、すいと伸ばされた大きな掌が、両の頬を包み込んで。
「美幸」
 一つだけ、約束してくれないかな。
 息が掛かりそうな至近距離から真剣な眼差しに射抜かれて、どきどきと心臓が暴れ出す。
「今日みたいに、気温が三十度近くある日の昼間は、ガレージに篭るなんで真似、二度としないで」
 この時間帯、態々此処に来る人間は余り居ないし、何かあったら手遅れになる可能性があるもの。
 やりたい事があるなら、業後にしてよ、それなら私も付き合えるし。
「夏実…」
 彼女の気持ちが嬉しくて、でも、何と返せば良いか解らなかった。
 何故なら、TODAYやモトコンポを弄るのは、言ってしまえば美幸の趣味で、やらねばならない事では決して無い。
 その趣味を、夜にやって欲しい、と言われたからといって、自身の体調を心配しての言葉の代価が彼女の時間では、幾ら何でも彼女に申し訳ない気がした。
「わ、かった」
 でも、態々付き合わなくても…大丈夫、だから。
「何で?」
 確かに私、機械には疎いけど、でも力仕事とか雑用とか、やる事色々あるっしょ?
 一人でやるより二人の方が、絶対速いと思うんだけど。
 それとも、独りじゃないと集中できない、とか?
同居しても大丈夫なんだから、他人の気配がダメって訳じゃないよね、と大きな眼を見開いて、きょとん、首を傾げる彼女に、たどたどしい口調で、夏実の時間を奪いたくない、と説明する。
 けれど、それに対する彼女の返事は、美幸の予想を覆すものだった。
「えー?ヤなら最初から、こんな提案しないけど」
 それに私、結構、美幸が整備してるの見るの、嫌いじゃないんだよね
「え」
 意外な言葉に眼を見開くと、夏実はついと半身を起こすと照れ臭げな笑みを浮かべた。
「何か、すっごく楽しそうでさ。見てる私迄、わくわくして来るのよ」
 大体、弄ってるのはTODAYや主に私のマシンでしょ。
 思い切り私だって、拘ってるじゃない?
 勿論、用事がある時は、無理に付き合おうなんて思ってないし、でも暇な時位は手伝ってもいいかな、なんて前々から思ってた訳。
 若し先刻(さっき)の、交換条件みたいに取ったなら、そんなんじゃないから、と其処だけは真面目な表情で念を押され、ほわりと胸が温かくなる。
 自分がマシンに向き合っている姿を、そんな風に表現してくれた人等、此れ迄居なかった。
 大抵の評価は変わった人、バイクや車が趣味の男性でも、話が合うなら良い方で、却って否定的に見られる事の方が多かったように思う。
 素直に感心して愛車を任せてくれたのは中嶋だけで、だから美幸は、彼に好意を持つようになったのだ。
 だがそんな淡い気持ち等、簡単に吹き飛ばせそうな程、先の夏実の言葉は美幸にとって衝撃だった。
 尤も思い返してみれば、初めて一緒にカーチェイスをしたあの時から、彼女はそうだったのだけれど。
 ────ありの侭の私を、受け入れてくれるのね、夏実は…
 それが出来る人間がどれ程稀有な存在か、経験上、良く識っている。
 彼女が自分に向けてくれる想いと、その有り様が酷く心地良い。
 不意に思った。
 この人と、ずっと一緒に居られたら、と。
 沸き起こるその感情が、何に根差しているのか、美幸自身、未だ解ってはいなかったけれど。
「…ありがと」
 凄く、嬉しい、手伝ってくれるの。
「ん!」
 にこりと笑って、でも今日はダメだからね一日大人しくしてる事、と釘を刺すと、それじゃ軽くマッサージしよっか、と投げ出された四肢に慎重に手を触れて。
 

 やがて、TODAYは『美幸の作品』から『二人の作品』に、何時の間にか呼称が変えられ、同時に二人の関係も大きく変わっていくのだが……そうなるにはまだ、幾許かの時間が必要だった。
 二人の本格的な夏の訪れまで、後少し。


END
    
スポンサーサイト

* 「頂き物」目次へ戻る
*    *    *

Information

Date:2008/08/22
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://moetetsu7.blog59.fc2.com/tb.php/24-82b11374
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

+
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。